古津軽 古津軽

KOTSUGARUPERSON

古津軽を紡ぐ人

  • ブナの実がたくさんできると
    山全体が豊かになる
    山で生きる動物と共生してきたんだよね

    白神マタギ舎
    工藤 茂樹(くどう しげき)氏

西目屋村の「目屋マタギ」は山の恵みを知り尽くし、山と暮らしてきた人たちです。マタギ文化の継承と自然とともに生きた知恵を伝えるために「白神マタギ舎」は設立されました。マタギの生業を続けながら、ブナ林の散策ツアーなどで自然を守る大切さを伝える工藤茂樹さんにお話を伺いました。

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工藤さんはマタギの慣わしを継承する目屋マタギですが、マタギになろうと思ったきっかけは?
工藤さん :
自分が生まれた砂子瀬地区は目屋マタギの里だったが、今はダムの底に沈んで集落が消滅してしまった。先祖は津軽藩の「御用マタギ」を代々受け継いできた家系だったが、自分が猟を始めたのは30歳の頃。東京で就職して働いた後、村に戻ってきてから。同じく目屋マタギだった叔父の山仕事について行くうちに興味が出てきて、狩猟免許を取ったんです。

※御用マタギ:藩主から槍と狩猟の許可を賜り、毛皮と万能薬とされた熊の胆(くまのい=胆のう)を藩に納めた。
  • 熊の胆のうは「熊の胆一匁、金一匁」と言われるほど
    高額で取引された
  • 雪上を歩く「かんじき」など、山の道具は手作りする
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家業を引き継ぐという形ではなかったわけですね。子供の頃はどんな風に過ごしていたんですか?
工藤さん :
砂子瀬は雪が深いところで、家に入るときは雪の階段を作って中に入ったことを覚えてる。夏は川遊び。小学生も中学生も一緒になってよく遊んだ。大きい子は銛(もり)を持って川に入っていく。その間、小さい子は火を焚いて待っていて、獲物の川魚をみんなで焼いて食べるんです。中学生の頃からは、山で野ウサギやヤマドリの罠を仕掛けて遊びました。
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山や川が遊び場だなんて、まさに白神の自然に育てられたという感じですね(笑)。広大な白神のガイドをされていますが、道を覚えるというのは大変ではないですか?
工藤さん :
山道を覚えるのは昔から得意で、一度歩くと覚えるんです。子供の頃、祖母に、山に入っている人に届け物をするお遣いを頼まれていたほど。きっと、大人と一緒に山小屋に泊まったりしていたので、そのとき教えられたコツのようなものが残っているのかもしれない。地形を覚えるのなら残雪の頃、山の上から見て覚えるのがいい。 遅い時間になって、暗くなっても、山の中に居れば気分はサッパリする。
  • ブナ林をガイドする工藤さん
  • 残雪の白神山地
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マタギの熊狩りは春だけと聞きましたが、どうしてですか?
工藤さん :
熊の胆のうは冬眠の間大きくなり、冬眠から目覚めて食べ物を消化し始めると小さくなってしまう。だから、胆汁がいっぱい入った冬眠明けの限られた期間に狩りをする。熊は神様からの授かりものだから、1頭授かれば(狩れば)山を下りるのが慣わし。だから、3日で下りることもあれば、2週間山小屋で過ごすこともあるんです。里にいる家族は、いつ帰ってくるのか全く分からない。
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熊は強いだけでなく走るのも早いですよね。熊と対峙するのは、やはり怖くないですか?
工藤さん :
子供の頃、猟から帰ってきた大人が囲炉裏を囲んで土産話をしていたのを覚えてる。話を大きくして面白い話ばっかりしていたけど、ほんとは怖かったと思う。
昔は1発ずつ弾を込める銃で、距離も近くて打ち損じできない。逃げる人もいたと聞く。一発で授からなくて急いで弾を込めてもう一発撃ったら不発だったとか、逃げたら尻をかじられ、その時刺さった牙がヒヤリと冷たかったというリアルな話もある。
  • 山に入ったら、山の道理に従う
  • 熊と対峙
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今は昔とは猟の仕方が変わってきたんですね?
工藤さん :
昔は「巻狩り」と言って、谷合にいる熊を何人もかかって取り囲み、山の上に追い込んで待ち構えた者が仕留める方法だったけど、今は人も少ない。ある程度離れたところからライフルで撃つ。
ライフルは連発できるが、熊のためにも一発で仕留めないとだめだ。しくじって熊に迷惑はかけられない。けがを負った熊は逃げているうちに瘦せてしまう。「痩せた熊は捕ってはいけない」と戒められている。
一発で仕留められないと、「自分のこれまでの所業が悪いので運がなかった」ということになる。そのためにも昔の人は普段から自分を戒めていた。熊狩りの前には身を清めて神に祈り、熊を授かった時には「おぼしな様(土地の守護神)の御恩を持っておシシを授かりました。有難く頂戴いたします」とお礼を申し上げる。それは今も同じ。

※シシ:マタギ言葉で熊のこと。マタギは山では里とは違う『マタギ言葉』を使う。アオシン(カモシカ)、じご(味噌)、からへ(塩)など。
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脈々と続いてきた掟を守り、山にも熊にも敬意を払ってきたんですね。最後に、今一番取り組みたいと思っていることを教えてください。
工藤さん :
ダムができ、マタギの里に人がいなくなり、今もマタギの慣わしを伝えているのは3、4人だけになってしまった。山の恵みとマタギの文化を残したい。ほかの地域と比べても、目屋マタギは昔のしきたりが残っていて、しっかり受け継がれている。是非、次世代の若い人にも伝えていきたいと思っている。